Vivo ac Libere

国際遠距離恋愛のために海外移住を目指すブログ

なぜ南米彼女である必要があったか

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今回はものすごく個人的な内容の記事です。タイトルは、言い換えれば「なぜ周りにいる日本人女性ではなく、南米彼女その人でなければならなかったのか」です。

もともと僕は、日本国内にいるよりは、国外にいるほうが世の中に貢献できる可能性が高いと判断していました。日本国はちょっと社会主義じみたところがあって、国家的な目標の達成のために、個人が幸福を制限されるのは当然である、と国民自身が考えている節があります。別に僕は、日本国の主要産業が兵器開発になろうと観光になろうと一切口出しはしませんが、しかし、それが僕個人にどう影響するかについては、いつも脳みそが干からびるぐらい一生懸命考えています。また、イノベーションより「ものづくり」と老人医療に力を入れるこの国が、僕にとって楽しくなるかも甚だ疑問に感じました。

今成功してる人は、出身国や生まれ育ちにかかわらず、自分が世界にどう貢献できるかを真剣に考えて形にした人ばかりです。彼らのように超一流にはなれないまでも、何か僕が世の中に貢献できることはないか、ずっと悩んでいました。それを探す過程で、祖父母(日本人)の昔の職場を訪ねて外国に行ったときに、偶然南米彼女に出会ったのです。場所から考えて、祖父母がそこで出会った可能性すらある場所でした。これがセレンディピティか、と。

彼女は彼女で、やはり国外に出たほうが有利と判断して母国を出て仕事をしていました(これだけでも大変な努力を要します)。僕らはお互いのことを知ってビジョンを共有するようになり、今はひとまず、僕の勉強不足や経験のなさを補う具体的な手段と、何か自分のことをアウトプットする方法について計画を練っている最中です。僕のビジョンはまだ明らかなものではありませんが、世の中の大概のことは、最初は右も左もわからなくて当たり前ですからね(笑)。道順はわからないけど方向は正しいと直観してます。

書き忘れてました。南米彼女がパートナーである理由は「お互いのビジョンを共有できる相手だから」です。もちろん他にもたくさん理由はあるけれど、彼女でなければいけない理由は、やっぱりそれだと思います。

  

左:将棋の羽生さんが直感の鍛え方について教えてくれます。

右:自分を見失わないために