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スケートボードから学ぶトライアンドエラーの真髄

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あけましておめでとうございます。

新年のエントリーはスケートボードに関して。あらゆるパフォーマンスアートがそうであるように、スケートボードもまた長い長いトライアンドエラーの道のりをくぐり抜けなければ、普通に滑っているようにすら見えません。始めたてのころはひたすら根気勝負で、周囲からは何の練習をしているのかさっぱりわからない状態が続きます。ですが、これがいいんです

これは「どれが正しいか」を選び出す学校の勉強とは真逆の発想で、「何が間違いか」を総当たりで潰し、現時点で一番正しいと思えるものを演繹する作業です。全てがその原則に当てはまっていて、たとえば初心者は技を覚えるときに板に足を置く位置のみを真似しますが、だんだん足の位置から導かれる膝や腰や背中の使い方を推測して自分のものにしていきます。それらをある程度覚えたら、今度は自分の骨格や体格と相談して、自分にとって心地いい(つまり最適な)力の使い方と、演繹してはじき出したコツの重なる部分を探し、洗練させていきます。研鑽の結果は、残酷なまでに見た目の美しさに表れるので、嘘はつけません。

加えて、スケートボードには音楽と同じようにシーンがあります。CPUの性能なみの速さで進化していくトリックにキャッチアップしていかなければ時代に取り残されます。この進化はYOUTUBEの出現以降一気に加速し、Instagramのおかげでその方向も無限に多様化しました。ルールは無いけど、確かに格好の良しあしと上手い下手があり、時にはその判定基準すらまるごと変化します。ルールではなく、人々の意識が変化するからです。だから良いスケーターはその裡に本質的な根気の良さと、ある種の合理性に根差す飽きっぽさを同居させています。

まさに時代そのもののようなこの遊びは、乗るたびに自分の無意識と向き合うことを要求してきます。上手く滑るのは気持ちいいし楽ですが、しかし、自分を安全地帯から追い出さなければ進化もあり得ません。どうやって誰も見たことのないものを表現するのかを、誰もが考えに考え抜いているし、その挑戦を続けている人だけが人々に驚きを与えます。そしてその挑戦は、単純に時間や疲労度で測れるものではありません。挑戦した結果評価やスキルが下がったり、ケガをすることもあります。それが果たして「よい失敗」だったかの判断は自分自身にしかできません。

僕は10代前半からスケーターなので、そのマインドを人生そのものにまで拡大し、適用しています。この試み自体、そうしたいと思ったからやっているだけで、正しいかどうかはわかりません。いまだに初心者のままもがいているだけかもしれません。それでも、人生をやめない限りいつかは進化できると思うし、その時は今とは全く違った地平から自分の人生を捉えていると思います。

新年のあいさつ代わりにしてはまあまあの文章量になりました。

今年もよろしくお願いいたします。